2013年04月23日

内田百

『第一阿房列車』(2003) 内田百閨@新潮文庫
『ちくま文学001 内田百閨x(2007) 内田百閨@筑摩書房
読了

 左手の指を食ってしまう夢を見た。
 もともと右手にはサンドイッチだかベーグルサンドだかを持っていたのだけれども、サラミだかハムだかが少ししか入っていなくて、すぐにパンとレタスだけになってしまった。それだけでは味気ないので、たんぱく質を補うべく左手の指を2,3本食べ合わせた。
 指を食べてしまって良かったんだっけか? と疑問が湧いたものの、前にも食べたことがあるような気がしたし、新しく生えてくるような気もした。

 目が覚めて6時間くらい経ってから、ようやくゾッとした。

 指が生えてくるわけないよね!

 ところで、内田百閧ヘ睡眠時無呼吸症候群だったんじゃないだろうか。
 いびきが大きい、いくらでも寝れる、寝坊する、夢を見る。
 初期(大正〜昭和初期)の短編は、夏目漱石の「夢十夜」を連想するような作品ばかり。幻想小説と括ってしまうには、展開や風景の遠近感がなんだか夢っぽい。きっと自分が見た夢をネタにしていたに違いない。漱石の弟子だったからというだけではなく。
 夢がネタだったとしたら、それは幻想ではなく現実の小説だ。夢の中では、その人が「これは夢だ」と気付かない限り、その人にとっては現実なわけだし。

 左手の指を食べてしまったのが、夢の中の出来事で良かったね。ほんとね。

 『第一阿房列車』の方は今でいう「乗り鉄」の随筆、ということになるんだろうか。
 文庫本の背表紙の惹句に「軽妙洒脱な会話」てな風に書いてあったけれど、どの辺が洒脱だったんだろう。頼りなげな百關謳カと連れの「ヒマラヤ山系」が、ボケにボケを重ねるような心許ない会話を続けているだけなんだけれども。ちなみに、解説の森まゆみによると、「ヒマラヤ山系」と呼ばれている人の本名は「平山さん」だそうだ。なるほど。あだ名にも昭和の香りがする。
 この、そらとぼけた感じがたまりません。
 内田百閨Aもっと早く読み始めていればよかった。


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2013年02月02日

放送大学の後期試験終了!

 あー終わった終わった。試験勉強が大変なのではなくて、怠けて残していた分の講義を消化するのに必死になってた。スケジュール通りにこなしていれば直前で慌てることはないのに。

 ……前期試験のときも同じことを思った気がする。

 来年度の入学案内が来ているが、次は1科目だけの履修登録にしようと思う。来年度の新規開設科目を1つだけ。別に単位が欲しいわけではないので、興味がある科目はテキストを中古本で手に入れるつもり。テレビもラジオも無料だし。
 さすが放送大学というか、テキストは完成度が高くて、広範囲のテーマをコンパクトにまとめている。少なくとも私が受講した科目は大体そうだった。ある分野について広く浅く知りたいと思ったら、放送大学のテキストはとても便利だと思う。

 それにしても、1月中にやっておきたいと思っていたことのうち、できたのは国民健康保険への切り替え(今まで任意継続だった)と、国立国会図書館の利用者登録だけ……。

 国立国会図書館。
 利用経験者からは悪口しか聞いたことがないのであまり行きたくはないのだけれども、広島県で自費出版された本で内容を知りたい本がある。ネットで調べても、どうしても出版社名が分からない。しかも、国立国会図書館月報の、取次店を通さない本の紹介コーナーに記事が載っていた。とすると、本屋に注文という手段は無し……? 呉市の図書館にも所蔵されているみたいだけれど、遠いです。くだんの月報には、出版社名は記載が無く、なぜか著者の住所が載っていたが、著者ご本人に購入希望の手紙を出すのは最後の手段にしたい。まず、内容を確認して、まるごと1冊欲しくなったら出版社に問い合わせる。まさか印刷所で直接印刷したとか? うう、自費出版本ってよく分からない。

 この2月3月は、そういう調べものに注力する予定。
 無職生活も1年越えして、なんのための無職生活かって意識がようやく(笑)芽生えてきた。

 というのも、

 父は、もともと研究者なので、研究書を出している
 母は、事実上の自費出版ではあるけれども、おととし句集を出した
 妹の大学時代の卒論が少部数ながら本になった、ということをこの年末年始に知る

 なんなのこの家族。本出してないの私だけじゃん。

 母の句集は俳句の師匠への義理立ての意味合いがとても強く(その後、師弟関係は決裂)、妹の本も偶然の要素が大きいので、同じ条件で本を出すことになったとして嬉しいかというと実はそうでもないけど、自分の作品があるってのが羨ましいったら羨ましい

 いまだに夢に見るほど出来の悪かった大学の卒業論文のリベンジ。とまではいかないけど、1つのテーマをとことん調べて何がしかの文章にまとめたい。別に本の形じゃなくていいので、「これが私の作品です!」という文章を作りたい、なー……。ほんと、私だけ……orz
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2013年01月15日

「フランス白粉の秘密」「老人たちの生活と推理」他

『フランス白粉の秘密』(2012)エラリー・クイーン作 越前敏弥・下村純子訳 角川文庫
『老人たちの生活と推理』(2000)コリン・ホルト・ソーヤー作 中村有希訳 創元推理文庫
『氷の女王が死んだ』(2002)コリン・ホルト・ソーヤー作 中村有希訳 創元推理文庫

 年末年始は、実家で『墓と葬送の中世』(2007 狭川真一編 高志書院)という本を読んだ。年末の脱力感と正月の前向きパワーで読みきった。中世墓・葬送に関する研究書なので別におどろおどろしくはないのだが、九相図の事細かな解説のくだりなんかは食欲に少なからぬ影響を及ぼす上、火葬時の骨の収縮率なんて一体どうやって調べたんだと思わず考え込んでしまったり、私は研究者ではないのでとてもスラスラとは読めず、でも、とっても、面白かった。骨の話ってなんでこう面白いんだろう。

 小説は海外ミステリを少々。
 エラリー・クイーンの『フランス白粉の秘密』は角川文庫から出た新訳。表紙にイケメンと素敵なおじさまのイラストが! イケメンのイラストは大事だ、購入動機に強く働きかけるもの(女性限定で)。でも、このイラストのエラリー、かっこよすぎやしないか。ぼーっとしているときは間抜け面になる、というのが私の個人的なイメージだ。このイラストのイケメン度では間抜け面が想像できないじゃないか……!
 この『フランス白粉の秘密』、謎解き前に犯人が分かってしまった。例の「読者への挑戦状」に先立って、探偵エラリーがたびたび小推理をまとめてくれているからだ。そして、それ以上に、作者がミスリードに失敗したと思われる箇所があったから。アガサ・クリスティならもっと上手く容疑者たちを動かすのになー、なんて思ってしまった。これはクリスティびいきによる独り言ですが……。

 コリン・ホルト・ソーヤーの2作品は、高級老人ホームを舞台にしたシリーズの第一作と第二作。70歳を越えた2人のおばあちゃんが、エネルギッシュに現場を掻き回し混乱させたあげく、最後に奇跡的な直感力で真犯人を当てる。おばあちゃんたちの迷探偵ぶりがとても楽しいユーモア・ミステリ。
 同じユーモア・ミステリでも、シャーロット・マクラウドのような文章表現のくどさが無いので、個人的にはソーヤーの方が好きだな。
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2012年11月30日

社会人感覚

 放送大学の面接授業を2つ取っているのだけれど、そのうちの1つの講義を途中で閉講するという連絡が来た。隔週で2コマ進む形式の講義で、全8コマのうち4コマ分しか進んでいなかった。理由は担当講師の都合としか知らされていない。もしかして先生、病気で入院しちゃったりしたんだろうか? なんて、殊勝なことを考えるより先に頭に思い浮かんだのは、

「受講料……半額でも返ってくるだろうか」

 申し訳ないが、これが社会人感覚ってもんだ。1講義たった5500円で、私大の生涯学習講座やカルチャースクールと比べれば激安なのであり、目くじら立てる金額ではないのだけれど、授業を受ける権利が損なわれたことに対するケジメをつけてほしい、と思う……。世知辛い人間になってしまったものよのぉ。
 そういえば、6月に仙台で友達の結婚お祝い飲み会をやったとき、大学時代の恩師がやはり放送大学の面接講義を引き受けていて、すごくやりづらい、と仰っていた。

「学生と違って、皆すごく真面目に聞いているからやりづらい」

 それはそれで、どうなんスか!Σ(゜Д゜)

 でも、分かる。卒業のための単位取得に現役大学生ほど躍起になる必要はないし(就活するわけでもないし)、私のように聞きたい講義だけ受講する選科履修生も多いはず。

 実は私も、閉講にはなっていないもう一つの講義の方で、資料配りに20分も費やされたとき、怒りに近いものを感じてしまった。学生時代は、先生が少し遅れてきたり、資料配りに時間がかかったりしたら、ボーっとできる時間が増えたと逆に喜んでたはずなのに。会社でそんな時間の無駄遣いをしたら、それだけで能ナッシングだと思われちゃう……。少なくとも後で上司に呼ばれる。

 で、件の閉講については、受講料返金もしくは授業変更を受け付けるとのこと。南無。

 正直、閉講になってホッとした。
 というのも、その講義、1回目の講義を聞いて、知りたい内容とだいぶ方向性が違うことが分かって、申し込んだことを後悔していた。その上、というかこっちが主な理由だけど、とんちんかんな質問をするおばちゃんと、でしゃばりのおじちゃんが居て、彼らと講師とのやりとりを聞いているだけでかなり苦痛だった。今の大学生は調べればすぐ分かることを質問したり、授業で既に説明したことをまるっともう一回説明してほしいと言ってきたりする、という話を聞いたことがあるけれど、それは別に、年齢や世代は関係ないんじゃないだろうか。
 とにかく、受講後にいつも腹立たしい気分になったが、それでも受講料払ったんだからちゃんと最後まで受けようと思っていた。

 つまり、社会人感覚というやつだ。

 申し訳ないけれど、いや何に対して申し訳ない気分になるべきかもよく分からないけど、肩の荷が下りた気分。

 ……なんだかばからしいなー……。
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2012年10月29日

小説『アンドロイドの夢の羊』ほか

小説『アンドロイドの夢の羊』(2012) ジョン・スコルジー作 内田昌之訳 ハヤカワ文庫
小説『夢みる宝石』(2006) シオドア・スタージョン作 永井淳訳 ハヤカワ文庫

ジョン・スコルジーの『アンドロイドの夢の羊』をゲット!
発売予定とは知らなかったので、本屋で見つけたときには驚きました、先月のSFマガジンにはまだ広告が載ってなかったし。
タイトルから想起されるように、ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のオマージュ作品だけれども、ディックを読んでいなくても支障ないはずです。
「老人と宇宙」シリーズのような奇抜さは無くて、良くも悪くもハリウッド映画的。それに、ギャグもかなり抑え気味で、正直ちょっと肩すかし気味。訳者あとがきを読むと、ユーモアSFは売れないというSF界の常識に苦労したらしい。ギャグ全開の作品が読みたいよ!

作中の終わりの方で、ある個人の意識(をコンピュータ内に再現した人工知能)が巨大なネットワークと一体化したときの全能感を表現した箇所がある。こうした話の展開というのは他のSF作品でも読んだことがあるけれども、いつも、筒井康隆の『エディプスの恋人』のラストを連想してしまいます。あの、主人公の七瀬が一時的に神と入れ替わる、タイトルを具現化した「なんじゃそりゃ?!」とツッコミ入れたくなる場面です。今考えても結構気持ち悪いぞ(笑)。それはさておき、ネットワークと一体になってユビキタス化するのと、神の視点になるのは、とてもよく似たことなんだろうと思う。残念ながら、どっちにもなったことないし、なる予定もないけど。

訳者あとがきに、「老人と宇宙」シリーズが映画化されるかもしれない、とあった。見たいような、怖いような。75歳の老人が宇宙軍に志願して、20歳前後の新しい肉体を手に入れるんだけれども、兵士仕様なので肌が緑色(葉緑素配合)という設定なんですよね。緑色の登場人物がいっぱい出てくることになると思うんだけれども……。

スタージョンの『夢みる宝石』の方は、意識があさっての方角から帰ってこないような、ふわふわした読後感でした。情緒表現が最優先されている感じ。訳者あとがきでは作者像について、「少年の心のまま大人になった」ということが強調されていたように記憶しているけれど、この作品の主人公もまさにそんな感じでした。
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2012年10月12日

映画「アシュラ」、小説「ボーンシェイカー」

映画『アシュラ』 鑑賞
小説『ボーンシェイカー ぜんまい仕掛けの都市』(2012) シェリー・プリースト作 市田泉訳 ハヤカワ文庫 読了

発禁処分になった漫画が原作だというので、どうしても観たくなって、レディースデーでもない平日の午前に映画『アシュラ』を観にいった。観客は私を含めてたったの3人。映画の内容が内容だったので、観客少なすぎて余計怖かった……!

応仁の乱の頃が舞台。焼け落ちた都で産まれた赤子が、飢餓で正気を失った母親によって殺されかけ、放棄される。この赤子が生き延びて人食いとなり、のちに旅の僧によって「アシュラ」と名づけられる。アシュラはある村の庄屋の息子の喉元を食いちぎって殺したため、庄屋に追われ崖から転落し重症を負うが、村の娘に救われる。アシュラはこの娘との交流によって人間らしくなっていく。ところが、村が洪水・旱魃に見舞われ、飢饉に陥ると……。
前半の地獄のような映像表現もさることながら、スケープゴートを見つけた村人たちの、暗闇に白く光る両目なんかも、もう、もう、恐ろしすぎる。顔の造作はむしろ扁平といっていいくらいなのに。

旅の僧がキーパーソンとして登場するのだが、宗教者(ここでは浄土宗?)のキャラにこれほど深くストレートに心に響くセリフが用意されている、というのはアニメでは珍しい気がする。声優は北大路欣也。どーりで渋カッコいいわけだよ……!
映画のラストはとても救いがあるので、後味は良いです。エンディングロールのところでぼろぼろ泣いてしまった。

ところで、この映画の隠れテーマに「母親」というのがあると思う。私自身が女なのでそう感じるだけかもしれない。
本来、一番救われるべきは一時でも鬼女となったアシュラの母親じゃないかと思う。彼女が赤子に乳を与えるために人の死肉を喰ったことで、その業が子に引き継がれることになった……のだと思う。父親は一切出てこない。母親が我が子とともに時として業を抱え込まされる理不尽さというのは、私が今まで興味を持ってきたテーマだし、これからも過敏に反応すると思う。
また、聖女的な村の娘も、アシュラが無意識に求める母親の役割に応えきれず、アシュラとの関係が悪化する。もっとも、この人は自分の意志を貫き通して餓死する。その意志の強さは宗教者のようでもあるけれども、他人には優しくない気がする。

話を変えまして。

『ボーンシェイカー ぜんまい仕掛けの都市』を読了。
そういえば、こちらも母親の物語だった。ざっくり言って、スチームパンクで人食いゾンビーズな小説だ。現実とは異なる世界を舞台に、死病で閉鎖されたシアトルの街に潜りこんだ息子を追って、母親(といっても35歳くらい。若い)がライフル片手に閉鎖地区に挑むという。といっても、主人公は母親であるということだけでなく、地域の英雄の娘であり、悪人の科学者の元妻、という二重三重の役割があって、それが物語の推進力になっている。設定はぶっ飛んでるけど、細かい所はリアリティがあって面白かった。

いやしかし、食欲の秋なのに食欲が減退するような作品ばかりだった……。
食欲の秋さいこー! 食べ物は大事にしよう!
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2012年09月27日

ジョン・ダニング「死の蔵書」

『死の蔵書』(1996)ジョン・ダニング作 宮脇孝雄訳 ハヤカワ文庫
読了

ブックオフで105円で買った文庫本に、500円の額面のオレンジカード(未使用)が挟まっていた。

あずさ号の写真がプリントされていて、左隅に「ニュータイプ『あずさ号』」の文字がある。でも、現在のあずさ号よりずっと古そう。全然ニュータイプじゃないぞ。いつ発行されたカードなんだ。てか、オレンジカードってもう使えないんじゃないの(ネットで調べたら、首都圏では販売停止しているけれども、使えるらしい)。この本の前の持ち主は、オレンジカードを栞代わりに使ってたんだろうか。いろいろ疑問がわいてしまった。しかも、挟まっていた本というのが『死の蔵書』。古書ミステリだ。

とはいえ、そこで何かを感じるほど繊細ではないので、オレンジカードは将来食い詰めた時の保険として取っとくことにしました。

『死の蔵書』は、ハードボイルドがベースの、古書にまつわるミステリ。
古書好きの刑事が主人公。「古本掘出し屋」(日本で言う「せどり」?)が殺されているのが発見されたところから物語は始まる。
事件とは無関係の大悪党とやりあったり、それが原因で事件調査を投げ出して退職したり、古書店を始めたり、そしたら第二の殺人が起こったりと、投げたブーメランがものすごく長い軌跡を描いて戻ってきてストンと手のひらに収まる、という感じの小説でした。主人公が古書店を始めるあたりが、ミステリとは関係なく面白い。

でも私、古書好きの人の文章は好きだけど、古書好きの気持ちそのものは多分一生理解しないと思う。古い本を開くとくしゃみが出るんだもの。
posted by シマネコ at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月07日

映画「アベンジャーズ」、小説「MM9」

『MM9』(2010)山本弘 創元SF文庫 読了

今週の水曜日は『アベンジャーズ』を観に行った。
ハルクもアイアンマンもマイティ・ソーもキャプテン・アメリカも全部、これまでの作品を観ていない。なので、彼らがどういう設定のキャラクターたちなのかもよく分からない状態で観た。
事前に読んだ先月のSFマガジン(9月号)の映画評によれば、ハルクについて深掘りして描いているということだった。しかし、私の場合、バナーという登場人物がハルクであることに、変身するまで分からなかった。道理でバナーさん、やたらウジウジしていたわけだ。

さらに、その映画評には「泣くほど感動したい人には、これまでの五作を丹念に見ておくことをお勧めする」と書いてあった。感動は別にしなくていいんだけど、やっぱり予備知識は必要だった。過去作品はいちいち観ないとしても(DVDプレーヤー持っていないし)、Wikipediaでヒーロー達の設定を調べておくくらいのことはしといた方が良かったかも。

来週は『プロメテウス』を観に行こうかと思っているのだが、前述の映画評には「SF的な考察があまりにも弱い」というようなことが書いてあった。Yahoo!映画の評も悪い。しかも、わたし、『エイリアン』観てない。
華麗なVFXと派手なアクションで、なんっにも考えず観れればそれでいいんですが……。そういう意味では、先週の『トータル・リコール』、良かったなあ。

話を変えて。
山本弘『MM9』を図書館から借りて読んだ。
これはなんと怪獣小説で、しかも本格SFなのだ。怪獣対策専門チーム「気象庁特異生物対策部」略して「気特対」の活躍を描いた短編連作小説。

怪獣が「災害」として存在する世界の現代日本が舞台で、地震と同じように「モンスター・マグニチュード(=MM)」で規模を示し、台風と同じように、その年の出現順に「怪獣1号」とか「2号」などと呼ぶ。怪獣の分析や進路予測を行うチームが「気特対」だ。彼らは調査・分析および自衛隊へのアドバイスが仕事。その活躍も「地味派手」といった感じで、何度か体を張る場面はありつつも、アクション映画みたいな超人的な戦闘は無し。この一般人感覚がとてもイイ。キャラクターが立ちすぎず、過剰なヒロイズムも無い。

何より、登場する怪獣たちの正体に、きちんとSF的な裏づけがある。単に水爆実験の影響で巨大化しました、ではないのだ。物理学、民俗学、文献学と、いろんな分野の知識が盛り込まれている。同じ作者がSFマガジンで連載している『輝きの七日間』(10月号で最終回)を読んでいるけど、こちらも相当な知識量。多分、取材量が半端じゃないんだと思う。
科学的な考察は丁寧で、適度にパロディやユーモアを挟んで。面白かったです。2010年に深夜ドラマになっていたらしい。知らなかった……!

個人的には最後の方に出てくるこのセリフが好き(笑)。
「気象庁を舐めるなあ!」
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2012年09月01日

映画「トータル・リコール」、小説「都市と都市」他

『都市と都市』(2007)チャイナ・ミエヴィル作 日暮雅通訳 ハヤカワ文庫
『バビロニア・ウェーブ』(2011)堀晃 創元SF文庫
読了。

水曜日に「トータル・リコール」を観にいった。
公開から日が経っているので、たとえレディースデーであっても席に余裕はあるだろうとタカをくくっていた。14時10分の回を見るために13時55分に映画館に到着したら、すでに売り切れていた。16時台の回を購入。ナメてました。

面白かったです。CGきれいだし、アクションに次ぐアクションで緊張感が途切れないし。ストーリーも単純で分かりやすい。そう、アクションがメインなのであって、ストーリーなんて二の次でいいんでさあ。
もう一言感想を述べるとすれば……、

鬼嫁、超こええ。

チャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』を、映画までの時間つぶしに読み始め、映画が終わった後に読み進め、翌日、読み終わった。

こちらは、同じ土地に二つの都市国家がモザイク状に存在する、という複雑な設定の小説。読者をぐいぐいと引っ張るような読みやすさは無かったけれども、つい、一気に読んでしまった。不思議な小説だった。基本的には、主人公の刑事が殺人事件を捜査する話。その過程で主人公は、この特殊な二都市の「隙間」に陥っていく。

単純化して言えば、都市は人間が構成するものなのだから、見かけ上の都市の力というのは、実際には人間の力の集まりであるように思える。この小説では、それが逆転していて、都市の暗黙の力が、人々に行動規範を強いる。人間は絶えず生起し消滅していくが、都市はそこに永久にあり続ける、そんな小説。
どうでもいいけど、小説の中ではネット接続が一部ダイヤルアップだったりして、なんだかホッとした。架空都市の設定以外は現実世界と変わらないので、見た目はあまりSFっぽくない。どの辺が「SF」なのかについては、解説で評論家の大森望氏が詳しく書いていた。

「都市と都市」の前には、「バビロニア・ウェーブ」を読んだ。
結局、放送大学の講義を受けても物理好きにはならなかったので、この小説の発想がすごいのかどうかはよく分からない。ただ、読み終わった後、ひたすら「重力」「定在波」という2つの単語が出てくる夢を見た。
淡々とした小説で、地球から3光日離れた宇宙空間に浮かぶ研究基地で、研究員が1人から3人ずつ、間を空けて事故死していくのに、残された人々がとても淡々としていて、しかも最後は主人公1人になってしまうのに、とにかく淡々としていた。

SFを読むのには夏が一番いいと思う。
カフカとドストエフスキーの作品には冬が似合っていると思うけれど、本気でウツになりそうなので、あんましチャレンジしたくない。
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2012年08月26日

帰省と試験合格

約二週間、新潟の実家へ帰省。今回は移動の多い帰省だった。
まず出だしからして、東京から松本へ行き両親と合流し、松本在住の妹と会って家族飲み。翌日、父の車で新潟へ帰省した。
先週末は祖父の四十九日で新庄へ。

これで、各地の暑さの違いを理解した。
松本は、日なたがめちゃくちゃ暑い。
新庄は、盆地なので暑い。
新潟は、湿度が高くて暑い。
東京は、人ごみで暑い。
要するにどこもかしこも暑いじゃないか!!

もっとも、松本は日なたと日陰の温度差がはっきりしていて、影が濃かった。妹によれば夜はだいぶ涼しいそうだ。新潟もいつも湿度が高いわけじゃない。それと、平野で海沿いだからか、雲の形が面白い。上空の風の向きが分かるような形もあるし、刷いたような薄い雲もある。「いと、をかし」って感じ。高い建物がないからなあ……。

帰省中に、放送大学のホームページに試験結果が出た。受けた5科目、すべて合格。良かった〜。危うかった日本史と物理も「B」評価だった(「C」以上で合格)。ということは、70点取れていたってことになる。自分の記憶している限りでは、6問解けたかどうかって感じだった。まぐれ当たりが1・2問あったんだろうか。

新潟ではダラダラ過ごした。刺し子刺繍の図案プリント済みふきんを2枚、ちくちく縫ってた。刺し子刺繍は独り考え事をするのにはもってこいなのだけれども、ついつい嫌な記憶ばかり思い出してしまいがち。その雑念というか妄念がこもった完成品は、実家と妹にあげた。だって、うちにいっぱいあるんだもの。
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